ご挨拶

 

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社会医学講座特任教授
中路重之

                         
プロフィール
中路 重之(なかじ しげゆき)
 
[略歴]
 
 昭和54年 弘前大学医学部卒業
 昭和58年 同大学院医学研究科(公衆衛生学)修了
  医学博士
 昭和58年 弘前大学医学部内科学第一講座入局
 平成元年 弘前大学医学部衛生学講座助手
 平成 2年 同講師
 平成11年 同助教授
 平成16年 同教授
 平成17年 弘前大学医学部社会医学講座教授
 平成24年 弘前大学大学院医学研究科長・医学部長 
   
 [専門]  
 癌の疫学  
 地域保健  
 公衆栄養  
 産業保健  
 スポーツ医学  
   
 [所属学会]  
日本衛生学会(評議員)
日本体力医学会(評議員)
日本予防医学会(理事)
日本食物繊維学会(評議員)
日本民族衛生学会(評議員)
日本機能性食品医用学会(評議員)
日本レーザー治療学会(評議員)
日本レーザー・スポーツ学会(理事)
体力・栄養・免疫学会(理事)
 
   
[役職]  
青森県寿命アップ会議委員長
青森県地域がん登録委員会委員長

 

clip02y.gif社会医学講座の誕生

  平成17年4月より、旧衛生学講座と公衆衛生学講座が統合され社会医学講座として出発しました。皆様には聞きなれたような、そうでないような名前だと感じられると思います。この命名には以下のような経緯があります。

  • ① 衛生学講座も公衆衛生学講座もそれぞれ長い歴史と立派な業績を積んでおられていたことより、逆にどちらかの名前を残すことに抵抗があったこと。
  • ② 平成16年度より、独立法人化された弘前大学、弘前大学医学部にとって、これから、 社会貢献は何にもまして大切であり、その意味では新しい講座の名前に社会貢献の役割を担おうとの思いを込めたかったこと、があります。
  ただし、英語名にしたときのSocial Medicineという部署が実際外国に存在するのか、少し心配でした。種々検索しましたところ、英国のブリストル大学、米国の北キャロナイナ大学にはほぼ、内容を同じくする同名のDepartmentが存在しました。一方、国内に目を転じると、大講座(つまり、衛生学、公衆衛生学、法医学などいくつかの講座を緩やかに括った)としての社会医学講座は、島根大学医学部、佐賀大学医学部、日本大学医学部、東北大学医学部等に存在しましたが、小講座としての社会医学講座はありません。しかし、かえってこのことが弘前大学医学部の独自性を示すのに良いのではないかと考え、諸先輩、同僚と相談して教授会で提案させていただきました。


clip02y.gif旧公衆衛生学講座・衛生学講座の思い出
  私(中路)の経験を通じて旧公衆衛生学講座・衛生学講座の思い出を少し話させていただきます。
  私は、大学院は公衆衛生学講座にお世話になり、臼谷三郎教授の薫陶を受けました。厳しさと優しさを兼ね備えた恩師です。初代教授の中村正教授が私の同郷(同じ村)ということもあり、公衆衛生で勉強したいと学生の頃から考えていました。公衆衛生時代の思い出といえば、青森県中を健診、エネルギー代謝測定で回ったこと、青函トンネル工事で、騒音、粉塵調査、エネルギー代謝測定のお手伝させていただいたこと、などそのほとんどがいわゆるフィールド活動です。調査の打ち上げの飲み会はいつも楽しく、西山邦隆先生、木田和幸先生、木村恒先生、円山宏洋先生、そしていつもは無口な川口均さんも時には一緒にはしゃぎ回ったこともあります。三田教授になられてからは、先生のライフワークとも言える、ジャマイカ国での国際保健・国際協力に参加させていただきました。私の 1年後輩の朝日助教授は、弘前大学を拠点として、国際災害協力の日本的な担い手として期待されていました。現在は国立国際医療センター緊急部外来医長・運営局併任として同様な仕事に辣腕をふるっておられます。
  平成元年から旧衛生学に入り、菅原和夫教授の教えを受けました。衛生学の佐々木直亮教授には、学生時代より保健医学研究会でお世話になっていましたので古巣に帰ってきたような気分でした。菅原先生が退官されるまでの16年間、苦手なスポーツ分野、そして第一内科から続けてきたがんの疫学・食物繊維を中心とした公衆栄養の勉強をさせていただきました。菅原先生は、何をやるにも「楽しまなくてはだめ」という先生で、楽しく仕事をさせていただきました。とくに、好中球の活性酸素種産生能を指標とした生体負担の研究では世界の最先端を担っているという自負も芽生え、よい経験をさせていただいたと感謝しています。もう一つ、衛生学時代には、弘前大学以外の多くの先生方、スポーツ選手と知り合いに慣れたことも楽しい思い出です。
  教室紹介と言うよりも、私自身の思い出話となった感がしますが、このような歴史を経て社会医学講座が誕生し、そして当講座のこれからの道筋が、やはり前の2講座の先生方の歴史に支えられていると言うことを、しっかりと心に刻んで歩んでいこうと考えています。